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「ナポリ、熟れた情事」(2017年作品)感想 [映画]

フェルザン・オズペテク監督によるイタリアのファッキン映画。出演はジョヴァンナ・メッゾジョルノ、アレッサンドロ・ボルギ、アンナ・ボナイウート。

<あらすじ>

検視官として働く中年女性アドリアーナは、飢えた若い男アンドレアと激しい一夜を過ごした。互いにまた会おうと約束するが、その男は死体となって彼女の元へやってきた。検視官である彼女は、アンドレアの死体を解剖した。片方の眼球がくりぬかれていた。

ショックを受けたものの、アンドレアそっくりの双子の弟ルカと知り合って、ふたりは同棲することになった。ルカとの同棲を続けながら、アドリアーナはアンドレアの殺人事件を捜査するアントニオとも親しくなって肉体関係に発展した。彼女はアントニオから、アンドレアに双子の弟などいないと聞かされた。

ルカはアドリアーナが創り上げた幻の存在だった。アンドレアのことを諦めてルカが見えなくなったアドリアーナは、アントニオとの同棲に踏み切って新たな人生のスタートを切った。

ところが・・・。彼女は自分の父親の形見であった眼球の宝石を取り戻した。それはルカに送ったもので、自宅にあるはずのものだった。それを「連れの男の方が落としましたよ」と告げられて手渡されたのだった。

<雑感>

まず邦題が酷い。アドリアーナが中年女性であることから「ナポリ、熟れた情事」なのだろうが、この映画は中年女性がモテモテになる話ではない。父娘の話なのだ。

アドリアーナはすでに父を亡くした女性で、高学歴でありながら検視官という仕事のためか男がいない。彼女が父親の形見として持っている眼球の宝石は、父の視線の暗喩であり、死んだ後も父がそばにいて彼女を見守っているという意味なのだ。

父は、アンドレアという存在になって彼女のそばにやってくる。このときアンドレアとアドリアーナが情事に耽る意味は、父が娘に対して、他人を愛する喜びを思い出させようとしているからで、父と娘がセックスしているわけではない。アンドレアという存在は最初から実在していないのだ。

そのアンドレアの片目がなくなって、死体が運ばれた時点で、アンドレアが父であることが観客に示される。その双子の弟ルカに、父の形見の眼球の宝石をプレゼントしたのは、アドリアーナ自身も無意識のうちにそれに気づいているからだ。そして彼女は、アントニオという愛を見つける。

自分の娘がようやく愛を思い出したことに安心した父(この場合ルカ)は姿を消す。しかし父は、ずっと彼女のそばで彼女を見守り続ける存在である。そこで、老婆(アドリアーナの母)が父の「眼」を送り届ける。老婆にだけルカが見えているのは、老婆がアソリアーナの母であり、彼女もまた娘のそばにいて彼女の成長を見守っているからなのだ。

アドリアーナ、アンドレア、ルカ、老婆は、家族なのだ。中年になって独身の娘を心配した亡くなった両親が、娘の幸せを願って現実世界で一芝居打ったのである。

☆5.0。原題は、「ナポリのベール」くらいの意味で、何かの出来事にナポリっぽい幻想が掛かっていることを意味しているのだろう。イタリアらしい家族の愛情の物語であって、主人公が中年女性だからという理由で「ナポリ、熟れた情事」とつけるのはいくらなんでも酷すぎる。








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