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「沖縄の民」(1956年作品)感想 [映画]

古川卓己監督による日本の戦争映画。出演は左幸子、安井昌二、長門裕之。

<あらすじ>

日米戦争が激化するなか、疎開船対馬丸が敵国によって撃沈させられた。吊し上げを食らった校長は自殺。戦況は悪化の一途をたどり、ついに米軍が沖縄に上陸した。沖縄の民間人は戦いに巻き込まれ、多くが死んでいった。

<雑感>

沖縄の戦史を描いた作品。実は父方の祖父の弟が沖縄で戦死している。若干19歳。祖父は弟が沖縄でいかに勇敢に戦い、民間人を守り抜いたかまるで見てきたかのように話して聞かせてくれたものだが、本当はどんな状況で弟が死んだのか祖父は知らなかったようだ。

祖父は「長男が徴兵に応じれば、次男に赤紙は来ない」との噂を信じ、2度徴兵に応じている、1度目は大陸に派遣され、さほど戦闘に出くわさないまま任務が完了して引き上げてきた。2度目は昭和19年6月、結婚したばかりであった。

子供のため、そして田舎の弟のため徴兵に応じた祖父は、理由はよくわからないがしばらく内地にいた。南方へ出征すると聞かされていたがその命令も出ず、何度か家に戻ることもできてお見合いで結婚もした。そのあと突然海軍の船に乗せられ終戦間際に南方へ送られた。その途中で終戦。港でいったん捕虜になったが、すぐに船に乗せられて日本へ戻った。自分がほとんど戦闘の経験がないために、出征より訓練や空爆の方が怖かったという。

祖母はB29に空爆されたとき、死ぬと思い、防空壕の中で遺書を書いたそうだ。

故郷へ戻り、祖父と祖母は再会して無事を喜び合った。空爆も終わり、進駐軍も田舎なのでそれほど関係なく、これでようやく平和な世の中になると安心していた矢先、弟に赤紙が来て沖縄に出征したこと、便りがないこと、軍がなくなって連絡がつかないことを知った。

気が気でなく、それでも子供が出来て、沖縄からの引き上げ船に弟が乗っていないか待ち続けた。しかし祖父の弟は沖縄で死んでいた。沖縄が激しい激戦だったことを知ったのは、終戦後数年経った頃だったという。GHQは本土の人間に、沖縄の激戦の様子を伝えようとはしなかった。

この映画は、基本的に全部日本の責任にしてある。いわゆる戦後民主主義史観である。そうしたイデオロギーの部分は納得できないところが多いし、GHQに押し付けられる歴史観も御免こうむるが、多くの人間は戦後11年を経て公開されたこの映画で沖縄戦のことを知ったのだ。それまでは、原爆のことも沖縄のことも風の便りにしか知らなかった。

沖縄の人間は、実際に激戦を経験して、地上戦を経験していない本土の人間との温度差を嘆くが、それを知らさなかったのは米軍であり、彼らの日本人同士を対立させる戦術なのだ。本土の人間がまったく沖縄に関心がないわけではない。事実、祖父はずっと沖縄から弟が還るのを待ち続けた。

☆4.0。日本は対共産主義の防波堤としてずっと前線におり、それは共産主義革命が起きてから何も変わらない。戦後民主主義は戦争がずっと継続していることを理解する知能がないだけなのだ。











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