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「クエシパン / Kuessipan」(2019年作品)感想 [映画]

ミリアム・ヴェロー監督によるケベック(カナダ)のドラマ映画。出演はシャロン・イシュパタオ・フォンテーヌ、ヤミー・グレゴワール。

<あらすじ>

ケベックの先住民インヌ族の少女ミクアンとシャニスは、子どもの頃から親友だった。ずっと一緒にいようと誓うが、シャニスは17歳で結婚。やたらと怒りっぽい夫を警察から守る日々。ミクアンは白人に惚れてしまい、居留地から出て作家になりたいと思うようになった。

ミクアンは居留地のみんなの前で、自由をテーマにした詩を朗読し、外の世界を見ようと決心した。一方シャニスは、居留地に残りインヌ族の女として生きていくことにした。一時は感情がもつれ合ったふたりだが、最後はしっかりと抱き合って別れた。

<雑感>

居留地に押し込められて、何不自由なく物品を与えられてはいるが決して幸福とは呼べない人生を送らざるを得ない先住民を扱った作品。白人に追い立てられ、生活基盤を根こそぎ奪われた代償に、高カロリー食品とテレビとゲームを与えられて、子供のころからずっとゲーム三昧。まるで動物園に押し込められた動物のような扱いだ。

シャニスとミクアンの価値観は対立しているが、土着的な価値観を捨てないシャニスを悪く言い、自由を選んだミクアンを称えるような幼稚な解釈は慎むべきだろう。望んでそうなったわけではないが、居留地を出てしまうと、インヌ族の血統が途切れてしまう。それは白人の思う壺じゃないかとの意見は当然あるからだ。

アイヌを考えてみればわかるが、現在日本ではシャニス的な価値観だけが正しく、ミクアンのように自由になって世界に溶け込んでいったアイヌはまったく顧みないではないか。オレの母方の祖先はアイヌで、曽祖父はこれからはアイヌも日本人として生きなきゃいけないと、まだ小さかった祖父を子供のいなかった女性日本人教師夫婦に養子に出して、日本人として育ててもらった。

やがて祖父は満州鉄道の職員となり、豪勢な暮らしができるようになった。それらはソビエトの侵攻で奪われ、帰国後は兵庫の山の中でアイヌ時代を懐かしみながら生きた。曾祖父も北海道のどこかから兵庫に呼び寄せた。ミクアンのように、自由を求め集落から出て、必死に生きたのだ。

だが、現代の日本人はそんな祖父のことなど一切無視である。アイヌなのにアイヌとは認めない。北海道に残って、居留地に押し込められたわけでもないアイヌにじゃぶじゃぶ金をつぎ込み、その金目当てに朝鮮人や中国人、それに白人がアイヌを自称して団体に潜り込んでいる。

オレにはそんな経験があるので、ミクアンは勇気がある、シャニスはちょっとなどと適当なことを抜かしているボケには本当に腹が立つ。共感や感情移入は、正しい社会の在り方を歪めるだけなのだ。

☆4.5。映画は素晴らしい内容だった。だがオレは、この映画を好きだと公言する意識の高い人間の大部分を好きになれない。そいつらは確実にウソつきだからだ。











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