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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第26話「千年の夢」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第26話「千年の夢」前半



(OP)


ベルリたちが伝えた降伏の意思は受け入れられなかった。

3人の若者は薔薇のキューブの中でにこやかに談笑する人々に囲まれていた。ジムカーオ大佐は盛んに冗談を口にしてエンフォーサーと呼ばれる人々を笑わせた。彼ら執行者は、自分たちが行おうとしているキャピタル・タワーの破壊が成功しようと失敗しようと関係ないのだった。

彼らはただ1000年前に定められた契約通り、アースノイドが未来を生きる資格を有した人間に進化したのかどうか見極めたいだけなのだ。彼らの余裕の裏には、アースノイドに対する侮蔑の感情が確かにある。それを覆すには、正しい方法で大執行を止めてみせるほかない。

その手段とは、人がニュータイプに進化して人と人との断絶を埋めることであった。感覚が共鳴し合い、差異の源を察知して、攻撃を踏みとどまる。追い詰められ命尽きようとしている人間に声を届ける、人がそのように進化することが大執行を止める手立てなのだ。

ベルリ、ノレド、ラライヤの3人はしばらくして席を立ち、それぞれのモビルスーツに乗って薔薇のキューブを脱出した。誰にも止められなかったし、モビルスーツにも細工はされず、それどころか誰も3人に関心を示さなかった。3人は無言のまま戦闘宙域を脱した。

ムーンレイスの激しい抵抗は降伏を通告するために中断されていた。薔薇のキューブはまっすぐに地球へ向かっており、数時間でザンクト・ポルトに達しようとしていた。

ノレド「ラライヤならG-ルシファーの光の粒子が出せるんじゃ・・・」

ラライヤ「敵は無防備ですから、3人で攻撃すればあるいは・・・」

ベルリ「(首を振って)多分ダメだ。攻撃した途端、シルヴァーシップがこちらを攻撃してくる」

ベルリは自分の胸に手を当ててスコードの名を唱えた。手のひらにG-メタルの感触が伝わった。初代レイハントンが子孫に託した遺産。それはG-セルフとG-メタルだ。

ジムカーオはG-シルヴァーを製作し、G-メタルを奪おうとした。それが解除したものは、ムーンレイス、冬の宮殿の奇蹟の映像、シラノ-5の重力発生装置だ。まだ何かあるはずだった。それは一体どこにあるのか。地球の人々を救う手段がまだ何か・・・。あるとすればそれはキャピタル・タワー、ザンクト・ポルトではないか・・・。

ベルリ「スコード教の聖地ザンクト・ポルト・・・。あそこに何かあるのかもしれない」

ノレド「ベルリがそう感じたならそれに従って!」

ベルリ「ノレドも一緒に・・・」

ノレド「いいや、あたしは何かやらなきゃいけないことがあるかもしれない。ベルリの傍にいて、ベルリがやることを横で見てるだけがあたしじゃないはず。ベルリはラライヤと・・・」

3人の帰還はあまりに早かった。その理由を聞いたブリッジクルーは一様に動揺を隠せなかった。

ドニエル「人類が進化したことを示さなきゃキャピタル・タワーを破壊して人類への支援を完全に打ち切るってのか?」

ディアナは難しい顔で考え込んでいた。

ディアナ「たしかに・・・、外宇宙に出てまで戦争を続けていたわたくしたちの祖先は、ほとほと戦争が嫌になり新しい人類の形を模索していました。それに対して地球文明再興派の人たちはいったん原始時代へと戻った末の発展でしたので、戦争の恐ろしさを忘却してしまっていたところがあった」

副艦長「カシーバ・ミコシを破壊して、タワーまで壊され、挙句にフォトン・バッテリーが来なければ確かに人類は原始時代に戻る。そのあとに悠々とスペースノイドはレコンギスタできるわけだ。しかし、そうならないための猶予が1000年間も設けられていた。1000年間彼らは人類を支援しながら、我々の精神的進化を待ち続けてきた。これはもう・・・」

ドニエル「とりあえずベルリとラライヤはザンクト・ポルトにやろう。その代わりノレドはパイロットとして出動してもらう。G-セルフとG-アルケインのフォトン・バッテリー、空気の球、水の球の交換を急げ。食料も少し持っていけ。もう地球までそれほど距離はないが、それだけ時間がないってことでもある。アルケインに掴まっていけば少しは早く着くだろう」

簡単な整備とエネルギーパックの交換に要した30分の時間で、ベルリとラライヤは短い仮眠をとった。少しだけ疲れた顔で姿を現したふたりにハッパが近寄ってきた。

ハッパ「いいか。オレたちはニュータイプじゃないけど、気持ちはお前たちと一緒だからな。みんながついてるって忘れるな」

ベルリ「ありがとうございます、ハッパさん」

そう礼を言ったベルリはコクピットのハッチを閉じてモビルスーツデッキから発進していった。後に続いたラライヤはすぐさま飛行形態に変形して、G-セルフと共に飛び立っていった。ふたりが出て行ったのを物陰に隠れて見ていたノレドは、ハッパの目を盗んでG-ルシファーに乗り込んだ。

ノレド「シルヴァーシップは1台のエンフォーサーが全部コントロールしている。だったらなかに乗り込めばまたあいつを奪って薔薇のキューブを倒せるかもしれない」

G-ルシファーが後を追うように出撃したのを見たハッパは必死にノレドの名を叫んだが、ノレドは通信回線を切って一直線にシルヴァーシップめがけて飛んでいった。







ハリー・オードから提供されたキエル・ハイム著「クンタラの証言 今来と古来」を一読したアイーダは、地球に降ろされたクンタラたちの証言からある事実を発見した。それはニュータイプの能力を得るために彼らとその子孫を計画的に掛け合わせて家畜にしていた種族が存在したという事実だった。

外宇宙からの帰還者のグループの中に、そのような習慣を持つグループが2派あった。そのうちひとつは最も遅く帰還してきた今来で、元来彼らは軍産複合体として中立的な立場を保ちながら戦争にまつわる物資の提供や修繕を行い利益を上げていた集団であった。彼らはある取り決めののちに、ビーナス・グロゥブの集団に加わり、食人習慣を捨てた。

もうひとつのグループは、これも遅く戻ってきた今来で、宇宙世紀では珍しいアンドロイド技術を研究し、なおかつ人間の残留思念を捕捉するニュータイプの研究機関であったという。彼らはニュータイプをモルモットとして扱い、研究材料としたのちに食肉として処理していたという。

どちらも元を辿れば戦争が生み出した集団であった。軍産複合体とニュータイプ研究所、このふたつの集団が食人習慣を最後まで改めなかったグループであった。ニュータイプ研究所を母体としたグループも、ある取り決めののちにトワサンガのグループに吸収されたという。

ある取り決めとは、地球に残った人類が再び宇宙世紀の失敗を繰り返さない進化した人類になり損ねた場合、彼らを抹殺してスペースノイドによる地球支配を確立するという内容であったという。地球に降ろされたクンタラのうち一部の人間がそれを知って伝えており、それを500年前に収集した人物がアメリアにいたのだという。アイーダには、キエル・ハイムという名前に覚えがあった。

アイーダ「これは本物のディアナ・ソレルに違いない。月の女王ディアナ・ソレルに聞いた話は本当だったんだ。彼女たちは入れ替わり、地球育ちのキエル・ハイムは宇宙でレイハントンと戦い、月で育ったディアナ・ソレルは宇宙から降ろされたクンタラたちの証言を拾い集めて後世に残した。それぞれがぞれぞれの立場で最後まで戦い続けたんだ。なんという勇気ある女性たちだろう・・・」

アメリア軍総監アイーダ・スルガンは、破壊を免れたアメリア軍艦隊を再編成して全軍に出撃命令を出し、ザンクト・ポルトを目指していた。大気圏脱出のための改造を施された艦艇は12隻。すべてラトルパイソン級であった。眼下に∀ガンダムとターンXが激しく戦っているのが確認された。

船団に加わっていたオルカから通信が入った。

ハリー「では、我々はあの2機を」

アイーダは黙って頷いた。ハリー・オード率いるオルカ2隻は∀ガンダムとターンXを殲滅するために船団を離れた。アイーダはラトルパイソンの全軍に指示を出した。

アイーダ「キャピタル・タワーが近づいたらバルクホルンとシマダ艦長は地上に降りてケルベス中尉の指揮下に入り、地上からタワー奪還の援護をしてください。残りの者はザンクト・ポルトに侵入して制圧します。白兵戦の準備を怠りなく」

アイーダは10隻の船を率いてまっすぐにザンクト・ポルトを目指した。







しんと静まり返った屋敷の中には誰もいなかった。

子供と一緒に2階で就寝していたマニィは、生まれたばかりの幼い子供を抱えて召使の名を呼んだが返事はなかった。不安になった彼女は、カーテンを払って窓の外を見た。そこにはいるはずの法王庁のモビルスーツの姿はなかった。

ケルベスのレジスタンス軍と交戦するために出撃したのか、それにしては何の物音もしなかったとあるはずのない夜中の記憶を辿っていたとき、突然レックスノーが出現して屋敷を取り囲んだ。続いて乱暴に玄関が開けられ、軍靴の音が誰もいない屋敷に鳴り響いた。

泣き出してしまった娘をギュッと抱きしめ、マニィは部屋の隅へと逃げて身をこわばらせた。壁に掛けられた短剣を手にしたマニィは、唇を噛んで自害の覚悟を決めた。辱めを受けるくらいなら娘と共に死ぬ覚悟だった。大声で泣き叫ぶ娘の声が、侵入者たちをマニィの元へと招き寄せた。

姿を現したのは予想通りケルベスとレジスタンスのメンバーであった。ケルベスはマニィの姿を見つけると右手を腰に置き、静かに話し始めた。

ケルベス「法王庁の人間は昨晩のうちに逃げた。これはオレにお前を殺させる罠だ。だがオレはマニィ・アンバサダを殺すつもりなど毛頭ない。それに、ルインはベルリを殺さないし、ベルリもルインを殺さない。ゴンドワンのクンタラ国建国戦線が全滅した話はまだ聞いていないだろう? 彼らはゴンドワン軍が全員残らず殺したそうだ。君らは最後のひとりになるまで戦うつもりなのか?」

マニィ「そうよ!」

レジスタンスの人間を掻き分けて、ひとりの小柄な女性が前に進み出た。クン・スーンだった。彼女はキア・ムベッキ・ジュニアを胸の前に抱えていた。

スーン「あんたも母ちゃんなんだろ? 人を騙したり、人を殺して何かを手に入れても、騙したり殺したりし合う世の中が残るだけじゃないか。子供にそんなものだけを残すつもりなのか?」

ケルベス「マニィ、この戦いは人が人を殺して誰かが勝ち残る戦いじゃない。オレはルインを助けなきゃいけない。手を貸してくれ」

スーン「あたしたちは殺し合いをするためにレコンギスタしてきたわけじゃないんだ。早く揉め事を終わらせないと、この子たちの未来がなくなっちまう」

コバシ「そうよ、ゴンドワンだのクンタラだのキャピタルだのといってる場合じゃないみたいよ」

クリムトン・テリトリィの空に、2隻のラトルパイソンが降りてきた。法王庁のモビルスーツはすでに逃げたり降伏している。彼らはジムカーオとの通信が途絶えてからやることなすこと失敗続きで、レジスタンスにあっという間に制圧されていたのだ。

ジムカーオの最後の指示こそが、マニィの邸宅を空にすることだった。ケルベスはその誘いには乗らず、マニィを傷つけてルインを追い込むことは阻止した。彼女を恨むキャピタル・テリトリィの旧住民は多かった。だからこそケルベスは真っ先に自分で駆けつけたのだった。

ケルベス「ジット団とマニィは船へ。ガードと候補生は市内でいざこざが起こらないように監視。タワーに爆弾が仕掛けられていないか法王庁の捕虜から聞き出してくれ。∀ガンダムとターンXは絶対にタワーに近づけるな。オレは高高度ナットの制圧に向かう」







何もない宇宙空間で、ルインはひたすら艦隊が近づいてくるのを待っていた。

彼は破壊されたカシーバ・ミコシから食料を調達してG-シルヴァーの中で食べていた。ベルリとの激しい戦闘でエネルギーと水がかなり消費されてしまって心もとなかった。彼は12時間以上をひたすら狭いコクピットの中でジッと動かずに堪えた。

そしてようやくムーンレイスと薔薇のキューブというものが宙域に近づいてきた。

カシーバ・ミコシはトワサンガまで大回りなルートを取るため、戦闘宙域まではかなりの距離があった。彼はひときわ巨大な薔薇のキューブめがけてG-シルヴァーを発進させた。

彼には確かめたいことがあった。それはジムカーオ大佐という人物が本当に自分やクンタラを騙していたのか、それとも何か別の理由が彼にあったのか見極めることであった。

もしカシーバ・ミコシを破壊したのがジムカーオの仕業なあらば、ルインは最初から騙されていたことになり、そうであるならゴンドワンやキャピタル・テリトリィに残してきたクンタラの仲間たちや家族が無事であるはずがなかった。彼はマニィと子供と3人で撮った写真に眼をやり、すべてを確かめるまでは死ねないと心に誓った。

薔薇のキューブとムーンレイスとの戦いは熾烈を極めていた。膨大な戦力で押し寄せる薔薇のキューブをムーンレイス艦隊が押し留めている形になっていた。だがムーンレイス側は押されており、薔薇のキューブの突進を止めることは不可能に思われた。

正面切って戦い合う宙域から外れた位置から、ルインは薔薇のキューブに近づいた。巨大なパルスエンジンが発する光が薔薇のキューブに大きな影を作り出していた。近づくとルインのG-シルヴァーはあまりにちっぽけな存在に過ぎなかった。

ルイン「オレは相手にもしてないってことか」

強く唇を噛み、ビームライフルを構えたときだった。ルインは何かに打たれたような感覚に襲われた。一瞬だけだが、空間がすべて自分のものになったような鋭敏な感覚であった。

ルイン「(周囲を見回し)バララか? どこにいる?」

ルインが不思議な感覚に見舞われた同じ時間、メガファウナで治療を受けていたバララ・ペオールが目を覚ました。ベッドから飛び起きるように上体を起こした彼女は、目の前の壁の1点を見つめて何かを訴えかけるように唇を動かした。飲まされた薬の影響で声が出ないと分かった彼女は、ヨロヨロと起き上がって看護師のキラン・キムを驚かせた。

キラン「あなたはまだ寝てなきゃダメでしょ」

バララは寝かしつけようとするキランの手を振りほどいて、ベッドを抜け出ようとしてよろめいた。キランが大きな声を出し、医師のメディー・ススンが駆けつけてきた。投与された薬の量を考えれば目を覚ませる状況ではない。ふたりはバララの小さな身体を押さえつけてベッドに戻した。

バララはしばらくもがいていたがやがて静かになり、そっと目を閉じた。

ルイン「なんだって? 後方のシルヴァーシップ? そこに何があるんだ? 行けばわかるというのか? お前はそこにいるのか?」

薔薇のキューブの上方に位置していたルインは、ムーンレイスと激しく交戦するシルヴァーシップの1隻に、モビルスーツが入っていくのをモニターで確認した。遠くてよくは見えなかったが、その機体はYG-201が出撃する隙にモビルスーツデッキに素早く潜り込んだのだ。

ルイン「あれなのか、バララ」







両軍のビームが飛び交う激しい戦闘をかいくぐり、ノレドのG-ルシファーは1隻の船が新たにYG-201を出撃させるのを見逃さなかった。

ノレド「あたしだってできる!」

彼女は破れかぶれで突っ込んでいき、モビルスーツデッキが閉じる前に素早くなかへと潜り込んだ。

彼女はエンフォーサーさえいればまだ自分も戦えると信じ、奪いに来たのだった。

すでにすべてのモビルスーツを出撃させてしまったようで、デッキは空になっていた。彼女はハッチを開いて、ブリッジに相当する場所がどこにあるのか探そうとした。

壁の記号が何を表しているのか見上げたとき、大きな衝撃が船を襲い、彼女はバランスを失って宙をクルクルと回った。破壊された破片が彼女の近くを掠めたために、驚いた彼女は思わず身をすくませてしばらく手すりの傍で身をうずくまらせた。

爆発のあったハッチの近くで見覚えのあるモビルスーツがビームライフルの明かりに照らされて断続的に暗闇に浮かび上がった。ノレドはそれがベルリのG-セルフに見えたが、実際は銀色の同型機G-シルヴァーだった。G-シルヴァーはハッチの近くに立って外から押し寄せるモビルスーツと交戦した。

やがてビームライフルを撃ち尽くしたG-シルヴァーは、それを投げ捨てるとデッキの奥へと進みハッチを開けた。コクピットから漏れる明かりがルインとノレド双方を相手に気づかせた。

ルイン「(G-ルシファーとノレドを交互に見比べて)君は・・・マニィの・・・」

ノレド「(勢い込んで)ガード養成学校のルイン先輩でしょ? あたしはセントフラワー学院にいたノレドです。マニィの友達で、同じクンタラです!」

ルイン「(訝しげな顔で)・・・、いや、話を聞かせてもらっていいか」

ノエド「それよりこの船のブリッジを探すのを手伝ってください。そこにいるエンフォーサーをG-ルシファーに乗せることができたら、ジムカーオにだって勝てるかもしれない」

ルイン「またエンフォーサーか・・・、よかろう。中央管制室、もしくは司令室だな」

周囲を見回したルインはこの船が無人艦であるとすぐに見抜いた。ルインとノレドは一緒になって船の中央部分を目指した。

ルイン「人工的にセントラルコントロールする場合、管制室は船の中央に配置される。この棒みたいな船はきっと船体の表面が何らかのレーダーかカメラのようになって情報を収集しているのだと思う。それより君は・・・」

ノレド「ルイン先輩がマスクだってことは知ってます。クンタラの地位向上のために戦っていたこともマニィに聞きました。でもいま起こっていることは、もっと上位の意思とすべての地球人との戦いになっていて、これって平等じゃないんですか?」

ルイン「平等?」

ノレド「一緒に戦うのは平等でしょ?」

目的の部屋を探し当てたルインがハッチを開くと、計器の明かりだけがついた暗い部屋の中央に、人型の何かが座っているのが目に入った。思わず銃を構えたルインの手をノレドは制して下に降ろすように手のひらに力を込めた。ルインは彼女に従って銃を下げたがいつでも構えられるように引き金から指は離さなかった。

ノレド「見つけた! エンフォーサー、大人しくこっちへ来い!」

ノレドはキャプテンシートに座る銀色のアンドロイドに飛び掛かった。アンドロイドが激しく暴れたのでノレドは下敷きになって抑え込まれてしまった。初めて見る機械人形に驚いたルインだったがやがてノレドの苦戦に気がついて自分も銀色の女性型の人形に飛び掛かった。

ルイン「なんだこれは、く・・・、重い!」

ルインは渾身の力を込めてエンフォーサーをノレドから引き剥がした。エンフォーサーはドスッと重い音を立てて床に倒れ込み、次いでキュルキュルと何かおかしな動作音を立てた。ルインはノレドを庇いながら銃を構えてエンフォーサーがゆっくりと上体を起こすのを見つめた。エンフォーサーの銀色の顔の表面が徐々に誰かの顔に変化していくのを彼は恐怖の表情で眺めた。

ルイン「バララ、バララなのか。これは何のまやかしだ?」

ノレド「先輩! これがエンフォーサーなんです。詳しい説明は後でするから手を貸してください」

ノレドはエンフォーサーを立たせようと両脚を踏ん張って力を込めた。それを無言のまま見つめていたルインは、逡巡した後に思い直して銃口をノレドに向けた。

ルイン「説明を先にしてもらおう」

疑り深いルインに腹を立てたノレドは、パイロットスーツ姿のままガニ股で踏ん張った脚で床をガンガンと踏み鳴らして抗議した。

ノレド「人類がみんな死んじゃうかもしれないってときにあんたは何をしてるんだ! 早く起こすのを手伝え!」

ノレドの剣幕に気圧されたルインは、銃をしまって片手をノレドに向けるとこういった。

ルイン「わかった。手伝おう。だが女の子がそんなガニ股で怒鳴っちゃいけない。重力装置を解除すれば簡単に運べるから待ってくれ」

ルインは部屋の中の計器を調べ、やがてひとつのレバーを発見してそれを降ろした。すると重力装置が解除されてノレドとエンフォーサーはともに浮き上がった。

ふたりは顔の部分だけバララ・ペオールに変化したエンフォーサーをG-ルシファーまで運び、エンフォーサーをパイロット席に座らせた。

ノレド「(ルインに向き直り)ベルリとラライヤがザンクト・ポルトに向かっています。あのふたりはトワサンガの生まれで、きっと何か運命的な繋がりがあるんです。あのふたりはG-セルフとG-アルケインできっと破滅を阻止してくれる。あたしたちはクンタラって繋がりしかないけど、G-シルヴァーとG-ルシファーがあって、エンフォーサーも手に入った。これで薔薇のキューブの中に潜入できれば光の粒子で中にあるものを全部破壊できる。あたしたちでも地球が救えるかもしれない」

ルイン「光の粒子・・・」

彼にはノレドの言う光の粒子がなんであるかよくわかった。彼は∀ガンダムが発する光の粒子でゴンドワンを廃墟にしたことがある。もしそれと同じことができるならば・・・。

ルイン「わかった。君に協力しよう。もし生き残ることができれば、オレだって真実を知ることくらいはできるだろう」







ベルリとラライヤがザンクト・ポルトにやってきたとき、その直下で巨大な光球が何度も発生しては消えるさまがモニターに映し出された。上空から見るとまさにそれはキャピタル・タワーの直下で起こっている出来事であった。何者かがタワーを破壊しようと攻撃を仕掛けているのだ。

その手前にはラトルパイソンの艦隊が上がってきていた。アメリア軍もあと数分でザンクト・ポルトに到達するところまで来ている。

宇宙に眼を向ければ、薔薇のキューブの艦隊はあと1時間でザンクト・ポルトを射程圏に捉えるところまで迫っていた。望遠モニターを最大にすれば、ムーンレイスと薔薇のキューブの激しい戦いの様子を捉えることができる距離であった。

ベルリ「もう時間がない。このまま突っ込むぞ!」

ラライヤ「任せてください!」

G-セルフとG-アルケインはビームライフルで固く閉じられた港のハッチを撃ち抜いた。ベルリはそこに人がいないことを祈るような気持ちでいた。ザンクト・ポルトの港には誰もいなかった。2機はさらに内部へと入り込んだ。通路を伝い、居住区の中へと入っていく。

青空が映し出された天井パネルすれすれを飛び、ベルリとラライヤはレイハントン家の紋章の在りかを探した。すると2羽の鳥を形どった建物が確認できた。降りてみるとそこはスコード教の神殿であった。かつて別の場所の教会でノウトゥ・ドレットと会談を持ったことがあったが、そこから離れた場所にあるスコード教の聖地とされている神殿であった。

ベルリとラライヤは機体を降りて神殿の内部へと侵入した。そこには話を聞き出せる人は誰もいなかった。神父も牧師も法王庁の職員も誰もいない。ステンドグラスの光が差し込む複雑な作りの神殿のどこに初代レイハントンが遺した鍵穴があるのかわからなかった。

走り回るうちに、ふたりの顔には焦りの色が滲んできた。

ベルリ「もう時間がない。薔薇のキューブがやって来てしまう!」

ベルリは胸のG-メタルをギュッと握りしめた。ラライヤは自分の中に入ってずっと見守ってくれている少女に願いを込めた。しかし、ふたりを教導してくれる者は現れなかった。

ベルリとラライヤは、ステンドグラスの色とりどりの明かりに照らされながら、拝殿を探した。







ラトルパイソンは最大望遠で薔薇のキューブを捉えた。

兵士A「うわああ、落ちてくる。地球に落ちてくる!」

アイーダ「落ちやしません! 全員落ち着いて。目標変更。全軍このまま直進。ムーンレイスの艦隊と合流して薔薇のキューブを阻止します!」

巨大な質量を持つ薔薇のキューブは1時間もしないうちにザンクト・ポルトを射程に捉える距離まで迫っていた。問題はその速度であった。シルヴァーシップで攻撃を仕掛けるならそろそろ逆噴射をかけて速度を落としていなければならないはずであったが、薔薇のキューブはそのそぶりも見せない。

タワーに直接ぶつけるつもりかもしれない、それはアイーダだけではなく、ブリッジクルーの誰もが思ったことであった。そんなことをすればタワーが破壊されるのはもちろん、薔薇のキューブは地上に落下し、膨大な量の粉塵を巻き上げて地球は太陽光から閉ざされた死の惑星になるだろう。しかも、角度から推測すると落ちるのはアジア。環境回復が最も進んだ地域なのだ。

ジムカーオが本気で地球人を絶滅させようと考えていると知ったアイーダは、思わず胸に手をやった。そして自分がG-メタルを冬の宮殿のリリンに渡したままであることを思い出して絶望しかけた。彼女は静かに目を閉じ、希望の道筋がどこかにないか探そうとした。

祈りに近い彼女の心象に、ふといくつかの映像が浮かんだ。冬の宮殿と、もうひとつ、七色の輝きの中で道に迷う弟の姿がハッキリ見えた気がしたのだ。

アイーダ「グリモアを1機用意してください。全軍の指揮はキャメロン中将にお任せします」

キャメロン「(モニター越しに)姫さま、いま艦隊を離れるのは危険です」

アイーダ「大丈夫です。わたくしはグリモアでザンクト・ポルトに向かいます。人類を救う方法があるかもしれないんです」







リンゴ「無茶ですって、法王さま、絶対に無茶です!」

メガファウナのモビルスーツデッキではゲル法王とデッキクルーが揉み合いを演じていた。ゲル法王は自らモビルスーツに乗ってザンクト・ポルトに行くといってきかなかったのだ。

ハッパ「動かせませんって。外は砲火の嵐ですよ。この船だって生き延びるかどうかわからないのに」

ゲル法王「わたくしには神のご加護があります。役割を果たすまでは絶対に死ぬことなどないのです」

ハッパ「そんなバカなーー」

ゲル法王「では、そちらの方(といってリンゴを手で指す)わたくしをザンクト・ポルトまで送り届けてください。早く行かねば手遅れになってしまう。もしダメなら高速艇をお借りしたい」

ハッパ「リンゴは速攻で撃破されて・・・どうすりゃいいんです、アダム・スミスさん!」

アダム・スミス「んぐぐ・・・(顔を真っ赤にして)、高速艇を用意しろ! リンゴ、お前が責任を持って法王さまをザンクト・ポルトまで送り届けるんだ!」

リンゴ「(飛び上がるほど驚いて)ぼ、ぼくがですか?」

アダム・スミス「このままでは人類は破滅だ! 法王さまに従え!」

ハッパ「(大声で)高速艇だ! もうどうなっても知らーーん!」








薔薇のキューブと呼ばれるラビアンローズ最終型の艦内が激しく揺れた。攻撃を受けているのだ。まさか自分たちの近くまでムーンレイスが近づいてくるとは考えてもいなかった船員たちは動揺してジムカーオ大佐の部屋に殺到した。

ジムカーオは簡素な作りの司令室の中にいた。部屋は暗く、計器類以外の明かりはない。船員たちが恐るおそるジムカーオに近づいていく間にも何度も爆発の衝撃が彼らの足元を揺らした。

今来・女性「あの、大佐。ラビアンローズが攻撃を受けておりますが、いかがいたしたらよろしいでしょうか?」

ジムカーオは神経を集中させてシルヴァーシップ全艦艇の指揮を執っていた。ニュータイプである彼はエンフォーサーを操ることで、大軍をたったひとりで遠隔操作していたのだ。心配になった女性が彼の身体を揺さぶって、ようやく彼の意識は身体に戻ってきた。

ジムカーオが顔を上げたとき、さらに攻撃が加えられたらしく、天井が激しく軋んでパラパラと壁材の破片が落ちてきた。

ジムカーオ「(天井を見上げ)おおー、攻撃されているねー」

今来・女性「いかように致しましょうか?」

ジムカーオ「ラビアンローズにやってきたのなら、相手の中にニュータイプがいるのであろう。武器はいくらでもあるのだから、君たちで対処すればいいのではないかな」

今来・女性「いや、しかし、わたしたちは・・・」

ジムカーオ「ニュータイプを止めることは自分にはできないよ。君らで戦うんだ。君らは散々我々クンタラを食べてきたのだと自慢していたじゃないか。ニュータイプの資質を発現した人間とその子孫を食べ続けてきた優秀な人類なのだろう? だったらその証拠を見せてやればいい」

今来・女性「そうは申しましたが」

ジムカーオ「まさかニュータイプを食べてきたエリートさまが食料に過ぎないクンタラに助けを求めたりはしないだろうね。(ハハと笑いながら)まさかね。そんなはずがないじゃないか。相手はニュータイプだ。君らがそれを凌駕するニュータイプであれば、負けることなどないのだよ。当然勝ってみせてくれるんだよね? 期待しているよ。自分は艦隊指揮で忙しいので、では」

そういうと彼は静かに目を閉じて意識を全エンフォーサーに拡散させた。

ジムカーオ(大執行が一方的な虐殺だと信じ込んでいたらしい。愚かなものだ。ニュータイプは個人の能力の覚醒であって遺伝などしない。ニュータイプのクンタラを食べれば自らもニュータイプになれるなどと原始人の発想ではないか。彼らも他の人類同様、死んでしまえばいいのだ)


(アイキャッチ)


次回vol:73で最終回です。最後までお付き合いくださった方々に深く感謝いたします。



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